日記といえば、交換日記。
小学生のころ仲良しの女友達としたのが、最初の交換日記。
箱型で鍵つきタイプ、夢見る少女だった時代の秘密ってなんだったんだろな。
自分でも思い出せないけれど。
そして、すっかり大人になったサハラがしていた交換日記がある。
アトピーが最悪の状態だった頃、2週間に1度、とあるクリニックに通っていた。
同じアトピーの友人も甲府から3時間かけて通ってきてた。
2人とも体力が落ちていて、雨上がりには持っていた傘を杖がわりにして歩くほどだった。
ひとりだったら「今日は調子が悪いから」と、あの通院は続かなかったと思う。
「今日も調子は最悪だけど、クリニックに行けばCさんに会える。」そう思って、
痛む肌を洋服でくるんで、まるで命がけのような気持ちで通院していた。
不思議なことに2人が同時に悪化したり軽快することがなかった。
サハラが悪化するとCさんが良くなりサハラを励ます。
Cさんが良くなった直後に悪くなり精神的に落ち込む時と
サハラの調子がいい時がリンクして、サハラが励まし役になったり。。。
最初の頃は2人とも通院時間+診察時間だけで体力切れになり、
飛ぶようにして家に帰るしかなかった。
Cさんとゆっくり話したいのに肌が痛んでしまい
タイムオーバーになってしまう。
「地球での滞在時間が決められているウルトラマンみたいだね。
そろそろ胸のランプがピカピカし始めたから家に帰らなくちゃ」と、
今では笑い話のようなことを、2人で真剣に話してた。
サハラのアトピーは良くなったり悪くなったりで、良くなったかもと思うと、
一気に悪化することもあり、そんな時は「またか」と
崖から突き落とされたような気分になった。
一進一退というより、1歩進んで3歩戻る感じ。
「アガリ」のないすごろくをしているような迷路に入り込んでいた。
「これをすれば良くなる」という方程式はなく、何をしても良くならない、
そんな時期だったと思う。
2ヶ月が過ぎ、2人ともお茶を飲む時間くらいはキープできるようになった頃、
なんとなく「交換日記をしよう」ということになった。
当時はまだメールも一般的ではなかったから、
2週間に1度会う2人にとって山のように話したいことはあるのに、
自分たちの体力が続かず、いつも話が尻切れトンボで終わってしまっていた。
2週間、自分の生活記録を付けて次の通院時に交換する。
そして客観的にお互いの生活内容をみてアドバイスし合おう、
治療に役立てようということになった。
その日、2冊のノートを買いそれぞれの家路についた。
これがその交換日記のノート。
起床時間や食事の内容、お風呂の回数やその日の出来事など、
日々のこまごまとしたことが書いてある。
体調の細かい変化、精神的に落ち込んでいたかと思うと
妙〜に躁状態になっているのも、良くなった今ならその状態がよく分かる。
読み返してみると忘れていることも多く、
人間ツライことって記憶が定着しないのかも、と思った。
忘れる機能が脳にあるから人間は強いのかも、なんて思ったりも。
空気に触れていることさえ肌が痛かったあの頃、
ノートに書くことでいろんなことを消化させていたのだと思う。
自分を記録する、そして分析する、さらに自分を客観視する。
1年近くが経ち、交換日記が間遠くなった頃、
2人のアトピーが良くなっていたんだよなぁ。